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WEB版 広報さか

第20回 「青少年の主張」 作文特選作品

特選作品は2回にわたり6・7月号の広報にて掲載いたします

「広報さか 2015年 6月号」掲載記事 

屋久島の自然

坂町立坂小学校 六年 松永 瑚人

 十二月の終わりに、ぼくは、家族で鹿児島県の屋久島に行きました。
 自然の屋久杉を見に行く予定でしたが、道がとうけつしてしまっていて、行くことが出来ませんでした。そこで、近くの屋久杉自然館というところに行き、屋久杉について学ぶことにしました。
 屋久杉自然館には、屋久杉の枝の一部分が展示してありました。その枝は、雪で折れた枝だと説明してありました。ぼくは、五メートルくらいある大きな枝を折ってしまう自然の力はすごいと思いました。折れた枝はヘリコプターで運んできたそうです。
 また、ぼくが両手を広げたよりも大きい幹の屋久杉のレプリカも置いてありました。こんなに大きい枝を初めて見たのに、もっと大きい幹の杉はどれくらいの大きさなんだろうと思いました。想像しただけでも、自然のゆう大さを感じました。
 また、自然館には、屋久杉は減っていると書いてありました。しかし、おみやげとして杉を加工して空港で売っている物が、たくさんありました。屋久杉の数が減っているのに切っても大じょう夫なのかと思っていると、母がおみやげなどの商品は、生きている屋久杉を切ったものではなく、折れて落ちてしまった枝や、雪などの重さで折れてしまった枝を利用していると教えてくれました。折れた枝を使う発想はすばらしいと思いました。なぜなら、折れた枝まで使うことで、自然に対する屋久島の人々の思いやりを感じることができたからです。
 さらに、おみやげなどの商品を売って得たお金で、屋久杉を守る活動をしている方々がいると聞いて、これもすばらしいと思いました。自分たちの島の杉を、自分たちで守ろうとしていることが、すばらしいと思うからです。
 また、屋久杉のある山に登る人たちには、トイレやゴミなどのマナーに気をつけてもらい、山をきれいに保つことに、みんなで協力しているということも知りました。美しい自然は、多くの人々の手で守られていることを学びました。
 ぼくの周りにも、たくさんの自然があります。一人ひとりの力は少しかもしれないけれど、この屋久島での経験から、ポイ捨てをしないことゴミがあれば拾うことをみんなが気をつけていけば、自然は今よりもっときれいになっていくのではないかと思います。ぼくは、小さなことから少しずつ取り組むことが大きな力になると思うからです。
 また、自然にあるものをいかして生活に利用していくことの大切さも知りました。
 これからは、身のまわりにある自然をもっと大切にし、ぼくたちの住んでいる坂町を美しい町にしていきたいと思いました。

命 「生きるということ」

坂町立坂中学校 一年 齋藤 はづき

 命はみんな一つしかありません。しかし、自分から命を落としたり、人の命をうばったりというニュースをよく見ます。わたしは、どうしてだろうととても疑問に思います。なぜたった一つしかない命を大切にしないのでしょう。
 「生きたくても生きられない人もいるのに。」どうして命をそまつにするのでしょう。わたしは、命の大切さの意味を考えてみました。
 わたしたちは、ふつうにご飯を食べたり、学校に行って友達と遊んだり、勉強をしたりする毎日をあたりまえのように過ごしています。私はその毎日があたりまえではなく、すごいことなんだと気づきました。それに気づいたのは、二年前の春に、わたしの父が病気になり、少しずつ体が不自由になっていったからです。わたしの父は、「がん」という大きな病気になりました。毎日楽しく過ごしていたのに、突然その病気になり病院に通う日々が続きました。入院するたび、父がこう言っていました。「お母さんを助けてあげてね。がんばってね。」
 その頃わたしはまだ病気のおそろしさをあまり知りませんでした。でも、病院から帰ってくる父の顔色は悪くなっていくばかりでした。それなのに、わたしたちの前ではつらい顔を一つも見せず、笑顔で頭をなでながら、「だいじょうぶ。がんばって病気をなおしているから、心配しなくていいよ。」と言っていました。でも、やっぱり病気が悪化して、ご飯も家族とはちがうものを食べるようになっていきました。そんな中でも、父の口から出る言葉はいつも前向きな言葉ばかりで、明日より今日をいっしょうけんめい生きることを目標にがんばっていました。いっしょうけんめい病気とたたかっている父の姿はとてもつらそうでしたが、生きるという希望を忘れず、一日を大切に、時間を大切に生きていたように感じました。その姿を見て、私は命の大切さを感じました。いつも、父から教わった言葉や、わたしが困らないように料理を教えてくれたこと、みんなで話し、笑い合っていたこと・・・、たくさんのことを思い出します。もし父が病気にならなければ、今も楽しく家族四人でふつうにくらしていたでしょう。この父のように、生きたくても生きられない人もいます。自分から命を投げ出す人がいてはいけないと思います。どんなにつらくても、どんなにいやなことがあっても命をすてることは決していけないことだと思います。だから、なやみ事など、家族や友達に相談することは大切です。またわたしたち生きている一人ひとりには、大切な家族がいることを決して忘れず生活するということ。そしてその家族はいつも温かく見守ってくれているということを忘れずに生活することは大切なことだと思いました。
 わたしは、この二年間でお父さんからたくさんのことを教わりました。その中で心に残ったことは、命の大切さです。わたしは、父の『生きるということを最後まであきらめなかった姿』や『病気といっしょうけんめいたたかっている姿』を見て、生きるということは大変なことだと思いました。どんなに苦しくても命を大切にし生きることはすばらしいことだと感じました。父は、生きている間にあんなことをしたい、こんなことをしたいと数えきれないほどたくさんのことを残していると思います。その中にはきっとわたしたちを幸せにしてあげたいということもあったでしょう。わたしに、生きるという大切さを教えてくれた父との様々な思い出を絶対に忘れないようにしたいです。これからも一日一日を大切に笑顔になれるように過ごしていきたいです。そうする事が父がわたしたちに願ったことだと信じて。

2015/06/23